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地方統一モード 赤松家プレイ2

  • 2011/11/09(水) 22:46:10

官兵衛
皆さんこんばんは、やっと私が登場しましたね。
さて、浦上家を滅ぼしたのは良いものの毛利のお爺ちゃんと国境を接してしまいました。
このまま全面戦争に突入するのか?
講義に続きます。
蒲生氏郷
皆さん私のことも覚えておいてくださいね!

浦上家を討ったものの当主赤松義祐は迷っていた。
ちなみに1555年当時の当主は晴政ですが隠居してもらって義祐を当主にしています。

官兵衛「西の毛利と戦うにはいささか兵力も武将も足りないように見受けられます」

義祐「しかし、毛利は打ち倒さねばならぬ」

官兵衛「ここは一つ同盟を結ばれてはいかがでしょう?」

なるほど、その手があったね。
倒せないなら仲良くしてもらってその間に勢力を大きくすれば良いのだ。
というわけで早速毛利家に同盟の使者を派遣します。

官兵衛「なにとぞ、我が赤松家と同盟を…」

元就「有馬則頼を人質に出すのなら考えてやってもよいが…」

有馬則頼?誰だそれ…。

有馬則頼 統率32 武勇25 知略48 政治63

こんな微妙武将なら喜んで進呈しちゃうよ!

義祐「則頼には苦労を掛けるのう…」

則頼「お館様の御為ならばこの則頼、命を賭して任務を果たしてきましょう」

感動の別れは別に良いけどさっさと毛利さんに渡してきますよ。
5年間は毛利家と戦わずに済むようになりました。
西の安全を確認したら早速自国の最西端に備中高松城を築城して黒田孝高を譜代家臣に…。
これで官兵衛は裏切りません。
姫路城の上の所に此隅城を築城して浦上家にいた清水宗治も譜代家臣にしておきます。
下津井港に最低限の兵力を残し、山名家との最前線である此隅城に兵力を集中。
この時の兵力は山名家鳥取城20000に対し赤松家此隅城40000です。
技術開発も弓技術に特化させて強弓まで開発しました。
足軽技術は草鞋を開発中です。
力押しに攻めつぶすのもアリですが、毛利家とのタイムリミットは5年でできるだけ兵の損失は減らしておきたいですね。
ここはゲリラ戦法を駆使して敵の施設を攻撃して
討伐部隊が出撃したところへ皆でタコ殴りにして傷兵をがっぽりいただきます。
これで敵の兵力を削り、城攻めの時の被害を少なくできます。

今回は討伐部隊を壊滅させた勢いそのままに鳥取城を攻略しました。
隣の尼子家の月山富田城もゲリラ戦法を駆使して落とします。
鳥取城と月山富田城の間に八幡城も築城しておきます。
これで本城4支城3港2です。
その間に四国では一条家が板島港を攻略
それを見ていた長宗我部家が一条家の中村御所を落とし
そのまま板島港も落として土佐統一を果たしたようです。
赤松家2
中国地方で毛利以外に残るは大内家なのですが…。
領内に中国国人衆の拠点がありその近くで一揆が発生したらしく
それを討伐するために部隊を派遣するのは良いのですが
何故か中国国人衆が出てきてその部隊を撃破するんですね。
それでまた部隊を編成し のループが起きて兵力がなんと5000しかいません。
一揆勢は3000なのですが最終的には2500の部隊を派遣する始末。
あまりにかわいそうなので力攻めせずに勧告をして降伏してもらいました。
ここで悪名高き陶晴賢(すえ はるかた)をゲットしました。
実は1555年に既に死んでいるはずなのですが何故か生きています。
能力は優秀なので早速八幡城の譜代家臣にして四国攻めの先鋒にします。
毛利家に関船の技術を教えてもらい、弓の技術も黒鉄弓まで開発しました。
南蛮技術も長弓までゲットして範囲が6という化け物弓部隊が完成しました。
足軽技術も三間槍まで開発して弓隊の護衛+攻城までできるようになりました。

いよいよ、次は四国上陸です。

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